ボクは、空を見上げていた。
先ほどの雨が嘘のように、雲ひとつない青空が、天を覆っている。
夏の日差しが辺りを輝かせ、風が草花を揺らしていた。
・・・!
何かに呼ばれたような気がして、ボクは振り返った。
だけど、その先には何もない。
あるのは、空と大地。
もう一度ボクは空を見上げた。
その視線の先、大きな七色の橋が天空に架かっている。
ボクは思う。
あの橋の向こうには、一体何があるのだろうか。
あそこに辿り着くことはできるのだろうか。
辿り着いたら、ボクのこの想いを伝えることはできるのだろうか。
「・・・たの?」
ボクはまた振り返った。
さっきよりも近く、その声はボクに届いた。
おかしい、ここにはボク以外いないはずなのに。
ボクは辺りを見回す。
あるのは、空と地面・・・。
「どうしたの?」
今度ははっきりと聞こえる声。
そして感じる。
ボク以外の存在を。
ゆっくりと、そう、ゆっくりとボクは振り返った。
そこに、彼女はいた。
七色の橋をバックに、穏やかな笑顔を浮かべ、立っていた。
「どうしたの?大丈夫?」
わからない。
ボクはどうすればいい?
ボクは・・・大丈夫?
「大丈夫だよ、怖くないから。おいで・・・」
彼女が手を差し伸べる。
・・・わからない。
ボクはどうすればいい?
「一人ぼっちでこんなところにいたら、寂しいよ」
寂しい?
ボクはずっと一人だった。
一人が、寂しい?
「そうだよ。私もずっと一人だったから、寂しかったんだ」
でも・・・。
ボクは・・・。
ここにいなくちゃいけない。
「ううん、あなたはここにいなくていいんだよ。どこか、行きたい場所はない?」
ボクの・・・行きたい場所?
ボクは彼女の肩越しに、空を見つめる。
七色の橋は、まだ天空に架かっている。
じっと見ていると、彼女も振り返り、天を仰ぐ。
「うん、大きな虹だね。あなたはあそこに行きたいの?」
・・うん、行ってみたい。
「そうだね、辿り着くことができたら、きっと素敵だろうね」
うん。
ボクはあそこで、伝えたい想いがある。
「伝えたい想い?」
そう。
それはとても大切なこと。
とても、とても・・・?
「どうしたの?」
ボクは焦った。
それは、すごく大切なことだった。
でも、どんなことだった?
・・・思い出せない。
「そっか、忘れちゃったんだね」
忘れた?
いや、憶えている。
記憶の奥底に眠っている。
だけど、そこから出てこない。
「忘れないでいてあげてね。それは、大切な、本当に大切な約束だから」
・・・約束。
そうだ、約束だ。
ボクは・・・約束をしたんだ。
絶対に叶えてやるって。
「思い出してくれたんだね」
突然、彼女がボクを抱きしめた。
彼女の胸の鼓動が、ボクの耳に響いている。
「ここから離れられないのは私。でも、あなたは行ける。あの虹の向こうまで」
彼女の頬を伝わり水滴がボクの顔に落ちてくる。
知ってる。
これは、涙。
「だからお願い。その想いを、届けてあげて」
彼女がボクをまっすぐに見つめる。
ボクは彼女の瞳を見つめ、大きくうなずく。
「大きく羽ばたいていて。あの虹に、希望をつなげて」
うん、わかった。
ボクは、もう立ち止まらない。
あの虹に、必ず辿り着いてみせる。
「うん、よろしくね」
ボクは、翼を大きく広げ、上下に動かしてみる。
大丈夫、飛べる。
「じゃあね、元気でね」
彼女がボクを空中に放り投げる。
ボクはめいいっぱい翼を広げ、風をつかむ。
そしてそのまま、上昇する。
彼女の姿が段々と小さくなっていく。
「ありがとう・・・」
彼女の叫びが大空にこだまする。
ボクはその声を受け、さらに上昇する。
あの虹を目指して。
あの虹を越えて、この想いを伝えるために。
約束を、果たすために・・・。